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人は何のために生きるのか

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18世紀に活躍したドイツの哲学者カントが世界に広めた考え方に、「知情意(ちじょうい)」がある。人間の精神は、知(知性)、情(感情)、意(意志)の三つの領域から成るというものだ。
突き詰めれば、人間の精神的な活動は、「知情意」で説明し尽せる。

人間は、本能の影響を受けつつも、精神的な活動として「知の領域で何かを記憶(認識)し、情の領域で価値を感じ(=感情を起こし)、意志の領域で行動を起こす」活動しかしていない。
いや、それ以外できないと言うべきか。

例えば、旅の記憶から、楽しさというプラスの価値を感じ、また旅をするという行動を起こす。ゲームの記憶から、つまらなさというマイナスの価値を感じ、そのゲームをもうしないという回避行動を起こす。

人間は、マイナスの価値を生む記憶をもたらす活動をするかのように見えるときもある。しかし、実際には、結果的にそれがプラスの価値(を生む記憶)をもたらすと無理にでも考えてそれをする。

つまり、人間の精神的な活動とは「プラスの価値を生む(プラスの感情を引き起こす)記憶を求める活動」なのだ。
ならば、プラスの価値を一単語で「楽しさ」と表すとすれば、人間の精神的な活動は「楽しさを生む記憶を求める活動」、要は「楽しむ活動」となる。

実は、「知情意」を持ち出さなくても、人間の精神的な活動が「楽しむ活動」であるとの結論には、誰でも簡単に到達することができる。
単純に、人のあらゆる活動に対して「何のためにそれをするのか?」という問いを(しつこく)繰り返すと、最終的に、必ず「楽しむため」という答えになるからだ。

家族などの他者が「楽しむため」にすることも、よくよく見れば、他者が「楽しむため」にすることを自分が「楽しむため」にする。

結局、人は「楽しむため」に生きる。
人生の最上位の目的は、楽しむことなのだ。楽しむこと以外のすべての目的は、楽しむという目的の手段でしかない。

ところが、世の中は、このことも見えていない。
通常、世の中は、楽しむこと以外の目的と、その手段との逆転には気づく。
しかし、楽しむという目的と、その手段である、楽しむこと以外の目的との逆転には気づかない。

特に近頃は、それがひどい。
世の中では、楽しむことよりも、楽しむこと以外の目的が重んじられる。誰もが、生活の様々なシーンで、目的を持て、目的を持て、と迫られる。
本来、「楽しめない人生は、ダメな人生」であるはずなのに、「目的のない人生は、ダメな人生」であるとの空気が世間を覆う。

ところが、だ。
人は、楽しむために生きる以上、楽しむほど能力を発揮すると考えるのが自然だろう。
ならば、楽しむことを重んじなければ、楽しめなくなり、能力を発揮しづらくなる。

だから、近頃は、楽しむことよりも、楽しむこと以外の目的が重んじられるせいで、かえって、楽しむこと以外の目的が果たされづらくなってきていると考えるのが、理に適う。

この考え方を発展させてみよう。

人は、楽しむほど能力を発揮する。ならば、人は最も楽しむときに、最も能力を発揮する。
よって、発揮する能力が他者にとっての価値を生むものである場合、人は、最も楽しむときに、自らが生む他者にとっての価値を最大化する。

だから、ビジネスマンという人の集まりである企業は、顧客という他者に提供する商品価値を最大化するために、自らが最も楽しめることをすべきである。
また、企業としての目的を持つなら、自らが最も楽しめることを目的とすべきである。

私の古巣であるソニーの設立当時の「理念」という会社としての最上位の目的は「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」であった。
これは、当時のソニー自らが最も楽しめたことに他ならない。この理念を追って、ソニーは、自らが生む商品価値を最大化し、世界から神話とされる奇跡的な成長を遂げた。

対して、近年の企業は、「ミッション(使命)」という会社としての最上位の目的を掲げるようになっている。
しかし、使命とは、他者から与えられるもの、ないしは、他者から与えられたと考えるものだ。その多くは、自らが最も楽しめることではない。辛いものでも、使命は使命である。
企業がミッションを掲げることは、自らが生む商品価値を最大化しないと言っているようなものなのだ。

あまり知られていないが、この数十年、世界経済の伸び率は縮小の一途を辿っている。GAFAのような異常な成長を見せる企業が出てきた一方で、全体としてはいつまで経っても上向いてこない。
その理由の一つに、そうした「ミッション経営」の弊害があると思う。

なお、GAFAも、アップルを除いて、ミッションを掲げてはいる。
グーグルは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」、フェイスブックは「コミュニティづくりを応援し、人と人がより身近になる世界を実現すること」、アマゾンは「地球上で最もお客様を大事にする企業であること」だ。

しかし、どれも自らが最も楽しめることに見える内容である。こうしたところに彼らの強さがうかがえる。
残るアップルは、創業以来、ミッションらしきものを掲げない企業として有名である。

ちなみに、ミッション経営ブームの仕掛け人は、オーストリアの世界的に高名な経営学者ピーター・ドラッカーであるようだ。彼は、著書「ネクスト・ソサエティ」(2003年)の中でミッションの必要性を唱えている。
「マーケティングの神様」とも呼ばれるフィリップ・コトラーもまたミッションの重要性を説いている。

経営学者には、もう少し人間についての勉強が必要らしい。

Good? or Not Good?

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