一般的に、精神は肉体と対立する概念とされる。
また、18世紀のドイツの哲学者カントが広めた「人間の精神は知(知性)、情(感情)、意(意志)によって構成される」という考え方がある。
無論、物理的に、「知」「情」「意」すべてが肉体の一領域である。
しかし、精神を肉体と対立する概念とするときの「肉体」に、「知」「情」「意」のどれも含まれないと考えてよさそうだ。
「知」は特にそうだが、通常、これらは、本能を含む肉体の影響を受けつつも、肉体に影響を与えるものとして語られるからである。
そして、「知」「情」「意」以外に、「肉体」に含まれない領域はなさそうだ。
ならば、「知」「情」「意」の総体は、「肉体」と対立する「精神」に範囲を与えるものと言える。
だからこそ、世界に普及する考え方となったのだろう。
しかし、「知」「情」「意」の総体が精神であるとしても、それは、精神の構成領域が間違いなく「知」「情」「意」であることを意味するわけではない。
例えば、この内のどれかが他のどれかの一部であることもあり得る、ということだ。
そこで、この考え方を、物理学における「万物の理論」に基づき、頭の内外間の相互作用をモデル化した図に当てはめてみる。
このモデルは、価値とは何かを求めるために私が考案したものである(「価値とは何か」参照)。
「知、情、意」が図中のどこかに当たるとすれば、どこに当たるのか。
「知」とは、図中の「認識」の部分に当たる。
外部の事物からの作用や、内部の、私が勝手に「心核」と呼ぶものからの作用である感情を受けて、頭の中に外部の事物や感情を表す認識をつくり、つくった認識をインプットとして新たな認識をアウトプットする、すなわち思考するという精神の領域だ。
思考の結果によっては、外の事物に対する作用を発する、すなわち行動のトリガーを出すこともある。
「情」とは、「認識」の右の部分に当たる。
認識からの作用である価値を受けて、心核が感情という反応を生むという精神の領域である。
※「心核」は、狭義の「心」であることを「心とは何か」で確認済み。
そして、突き詰めれば、人間の精神活動には、認識することを含めて何かを思考し、価値を感じて感情を生み、行動のトリガーを出すという活動しかない。
いや、精神活動として、人間にはそれしかできないと言うべきだろう。
ならば、「知」と「情」だけで精神全体をカバーする。
よって、人間の精神は、「知、情、意」ではなく「知、情」によって構成されると考えていい。
実は、日本には、昔から「情理を尽くす」という言葉がある。
「理」は「知」と同義であろうから、これは、人間の精神は「知、情」で構成されることを前提とするものだ。
その意味で、精神の構成については、ドイツ哲学よりも日本の伝統的な考え方のほうに軍配が上がる。
圧倒的に「情理」よりも「知、情、意」のほうが世界に普及してしまっているので、便宜的に私も「知、情、意」を使っているが、正しいのは「情理」である。
だから、「意」については、こう考えればいい。
「情」は、行動のトリガーにならない受動的なものと、トリガーになる能動的なものに分けられる。
行動のトリガーになるものは、経験的なものと本能的なものに分けられる。
その内の経験的なものが「意」と考えていい。
つまり、能動的かつ経験的な「情」が「意」なのである。
そして、「知」の領域においては、「認識」を「想像」に置き換えることもできる。
「知」は、「認識」と「想像」の領域なのだ。
ならば、である。
精神とは、想像することも含めて思考し、価値を感じて感情を生み、行動のトリガーを出す活動であることになる。
ただし、「行動のトリガーを出す」は、常に起こることではないから、捨象してもいい。
感情は価値に対する反応だから、「価値を感じて」は、言わずもがなの前提として省くことができる。
そして、精神は、物理的には紛れもなく肉体の領域だ。
また、ここまでは、話を単純化するために、肉体の領域である精神と、その活動である精神活動を厳密には区別しないで来たが、「精神とは何か」の答えにおいて、その区別は必要だ。
よって、精神とは「思考と感情を生む肉体領域」である。
日本の伝統に従えば「情理を生む肉体領域」なのだ。
なお、「思考と感情を生むこと」は、一言で表現すると「価値を生むこと」となる。 「価値を生むこと」は、「思考を生むこと」でもあり、「感情を生むこと」でもあるからだ。
そう考えれば、精神とは「価値を生む肉体領域」であることになる。
また、最近の科学によって、「思考し、感情を生む肉体領域」は、脳に限定されないことが明らかになってきているようだ。
例えば、腸も「考える臓器」と言われるようになりつつある。
ならば、精神とは脳に限定されない肉体領域であることになるが、その中心的な領域は、やはり脳であろう。
その意味で、「本質辞典」では、精神は脳にあると考えておく。